桂 真理子氏 監査役インタビュー

疾走を見守り暴走を止める
冷静で愛ある「会社のお母さん」でありたい

株式会社プロディライト
常勤監査役 桂 真理子 氏

疾走を見守り暴走を止める
冷静で愛ある「会社のお母さん」でありたい

株式会社プロディライト
常勤監査役 桂 真理子 氏

株式会社プロディライト
常勤監査役 桂 真理子
キャリアサマリー
1999年10月 監査法人トーマツ(現有限責任監査法人トーマツ)入所
2003年4月  公認会計士登録
2011年10月 桂公認会計士事務所開設 所長(現在に至る)
2015年12月 IPO準備会社常勤監査役就任
2022年4月  株式会社プロディライト 常勤監査役就任(現任)
会社ウェブサイト:https://prodelight.co.jp/

仕事に打ち込んだ20代、どっぷりママをやった30代、そして・・・

私が歩んできたようなキャリアは、関西ではまだ珍しいといわれます。
でも、自分としてはとても自然で、個人のニーズと働き方がぴったり合致したものだと思っています。

ただ、これまでの道のりは決して平坦とはいえず、紆余曲折そのものでした。そこからお話ししましょうか。

監査法人での経験

20代は仕事大好き人間でした。大学を卒業した年に公認会計士試験に合格して、監査法人トーマツに入り、仕事に打ち込みました。IPO部門の上場準備会社担当となり、そこで貴重な経験を積ませていただきました。

その経験からはさまざまなことを学びましたが、特に印象に残っているのは、上場会社はエレガントだということです。
「会社経営の教科書」を読んでいるという感じでした。

「不正はいつも会議室ではなく、現場で起こっている」ということも学びました。
IPO準備中には、その成長過程に寄り添うことの大切さ、面白さを身をもって知りました。
仕事に打ち込み、多くの学びをいただいた20代でした。

人生のパートナーとも仕事を通じて出会いました。結婚により、精神的、経済的な安定が備わったことは、今に至るキャリアにとっても非常に大きな意味をもっています。

どっぷりはまった「母親業」

2006年の10月から産休に入り、2児を出産。復職せず、2014年ごろまでずっと主婦&母親にどっぷりはまっていました。子どもが可愛くて可愛くてし方ありませんでした。

子育てで学んだことは、自分ひとりで頑張ってもどうにもならないことがあるということ。
ならば、応援してその人に頑張ってもらう技術、いわば「マネジメント能力」を身に付けることが大切だと会得しました。

それと同時に、ものごとを俯瞰することの大切さも学びました。
目の前のことにいちいちガミガミ言っても始まらない。この目の前のことは全体からみてどのような意味を持つのか、また将来的にどこにつながっていくのかという、巨視的な観点がもてるようになったのは、監査役としても大きな収穫でした。

このように、母親という立場に徹することは学びの多い体験でしたが、子どもの手が少し離れてきたとき、社会復帰を見据えて動き出しました。

二転三転

社会復帰の準備をしつつ、日本公認会計士協会の社会貢献活動として、小中学生向け会計教育「ハロー!会計」の講師をしていました。
そんなある日のこと。「ハロー!会計」の活動現場で出会った女性会計士の先輩から、あるIPO準備会社の常勤監査役のお話をいただいたんです。もう二つ返事でお受けしました。

就任前の準備として、トーマツ時代に知り合った常勤監査役を訪ね、監査役の仕事を勉強しました。そして、2015年の12月に臨時株主総会で選出。

意気揚々とIPO準備の世界に飛び込み、最初の1年はあっという間に過ぎました。久しぶりの仕事は嬉しくて楽しくて、IPO準備は時にしんどくもありましたが、渇いたスポンジが水を吸うかのごとく知識を吸収していく日々でした。
しかし、IPO準備はそう簡単には進みません。IPO達成までに越えなければならないいくつもの壁があり、その会社は残念ながらその壁を超えることができませんでした。

ただ、その経験が無駄だったというわけではなく、むしろ学びに満ちたものでした。IPO準備では監査役という立場上、表に出ることはありませんでしたが、水面下でたくさんのことを学ばせていただき、そのような環境を与えてくださった社長や経営陣には心から感謝しています。

プロディライト常勤監査役就任前夜

とはいえ、1社目を辞めたとき、「次」が決まっているわけではありませんでした。
そこで、人材紹介会社、公認会計士の知り合いなどに就職活動をしていることを伝えたところ、すぐに何社か面接の機会をいただきました。しかし、なかなかいい会社に巡り合うことはできません。

ご縁をいただいた常勤監査役2社目も上場できず、辞任したときには、しばらくは立ち上がる気力もないほど疲労困憊していました。

しかし、ある日突然知り合いからかかってきた1本の電話で、ことは急展開することになります。

ついに運命の歯車が噛み合ってきた

その電話で告げられたのは、IPOも終盤に差し掛かっている会社が急遽常勤監査役を探しているということでした。

そこで面接に行ったところ、即採用。それが現在の㈱プロディライトです。面接の際、社長から「監査を充実させたい。おかしなところがあったら直すので、指摘してほしい」と真摯にお言葉をかけていただき、お引き受けしようと決めました。

臨時総会で選任され、IPOチームに加わりました。この会社にはきちんとしたCFOがいて総務部長がいて、内部監査が機能している。法務がいて財務がいて、管理部門の態勢が整っている。とにかく会社全体のしくみがちゃんと機能していました。
証券審査に突入している時点でジョインしたのですから、当然といえば当然でしたが、それまでさまざまな経験をしてきた私は、心底感動したものです。

それでも、このお話があったときには、少し慎重に判断したかったので、就任前に黒坂さんにもご相談しました。そのご意見もふまえて、この会社ならとお引き受けしたのですが、その選択は正解でした。

<黒坂談>
桂さんのように非常に能力の高い方には、きちんとした会社に入ってほしいと願っていました。それまでの経緯を知っているだけに、次はなんとしても上場できる会社に入っていただきたかったんですね。

ただ、上場を目指している会社はたくさんありますが、そういう情報は限られています。そこで私もアンテナを張ってみたのですが、プロディライト様はビジネスモデルも確立しており、上場が近い。要職にある方もいい方で、大丈夫だろうと思いました。それで、そのことを桂さんにもお伝えしました

「会社のお母さん」を目指して

次に、プロディライトの常勤監査役就任から現在にいたるまでのお話をしたいと思います。

上場をめぐって

入って間もなくは、証券の審査対応を中心に行いました。監査役部分とそれ以外の部分の書類作成の補助ですね。
上場申請書類は膨大ですから。

業務的に大変だったのは、質問対応です。正確な回答書をタイトな期間で作成することが求められるためです。しかし、本当に大変なのは予実管理。月次実績がわずかでも予算を下回ったらアウトです。そしてその差を論理的に説明していかないといけない。予測通りの業績を出せずに躓く会社が多いのです。

監査役は執行する立場ではないので、営業、管理部門の仲間を信じて任せて、応援するしかありません。自分では手が出せないもどかしさがあります。

業績が予想どおりに出ないときにはIPOチームが弱気になります。そんなとき元気づけたくて、「うちは上場できると思ってるから、ここにおるんやで」と背中を押したこともあります。

証券審査OKが出た日は、IPOチームで祝杯を上げました。それからはあっという間でしたね。
上場日の朝は9時から証券会社のディーリングルームでセレモニー。午後2時ごろようやく株価が付きました。初値は公募・売出価格の2.1倍、ブックビルディング応募者の当選確率は宝くじ級という、人気銘柄としてのスタートになりました。

「新たな価値観」としての貢献

監査役は経営陣と馴れ合いになったら終わりです。これからも会社の統制が緩むことのないように見守っていきたいと思っています。

でも、それと同時に、信頼感に基づく前向きな関係は必要です。経営陣にはスピード感を持って疾走してほしいけれど、暴走してほしくはない。だから、コンプラ違反を起こしそうになったら責任をもって止めるから、安心して走ってほしいと伝えています。
上場はもちろんゴールではなく、成長戦略のひとつだという意識をもつことは大事ですね。

監査役が絶対に起こしてはならないのは善管注意義務違反、取締役に対する監督違反です。そのために精神的独立性はもちろん大事です。いざとなったら、監査役は社長と差し違える覚悟が必要。

ただ、それと同時に、監査役には社長と同じ目線で会社を見る視点も必要ではないでしょうか。しがらみなく広い心で俯瞰して、社長の話し相手、「ここだけの話」の相手、愚痴相手になれたら最高ですね。

監査の語源はAudit、「Audio=聴くこと」です。従業員の声、役員の声、顧客の声・・・、事業に関わるすべてのステークホルダーの声に耳を傾けることが大事だと思っています。そして、そういう対話の際には、「忖度せずに空気を読む」という態度で望みたいものです。

こうした考え方には、母親としての経験が反映しているかもしれません。ただしこれは、女性だからということではありません。たとえば、子育てに深く関わらなかった男性でも、会社のマネジメントを通して、ものごとを俯瞰するという態度が身につくと思います。それは、経験が違うだけで、担った責任を全うしようとする過程で身につくこととしては、同じですよね。
私の場合には、それが子育てだったということです。

こうした独自の経験や観点をもつ人間が参画するのは、ダイバーシティの根幹ではないでしょうか。

<黒坂談>
上場を果たされたときには、我がことのように嬉しかったですね。

現在は、監査役も含めた取締役会のメンバーにダイバーシティが求められる時代です。同じ会社の中で同じような経験をして、その会社の論理に従ってやってきた人だけでは、価値観やものの捉え方、目指すべき方向性が偏ってしまいます。

会社を離れて、子育てや他のプロジェクトに携わった人、あるいは他の会社からも参画者を募った方がいいですよね。ただ、それは桂さんが女性だからという意味ではありません。女性であっても、男性と同じようにやってきた人だったら、それまでの価値観を踏襲して、組織をますます偏った方向に向かわせてしまうおそれもあります。

その点、桂さんのように独自の価値観、視点を備えたメンバーは、組織にとって欠かせない存在であるに違いありません。

黒坂との出会い、今、そして今後

黒坂さんが主催する「ベンチャー監査役勉強会」に参加したのは、1社目を辞めた後、知り合いにとてもいい会があると、誘われたのがきっかけです。
それからのお話を聞いてください。

黒坂の活動に救われた

初めて勉強会に参加したとき、「求めていたものはこれだ」と思いました。常勤監査役は基本的に1社に1人で、同じ立場の人がいません。ですから、オフレコで話したいと思っても相談したくても、その相手がいないんです。

それが黒坂さんの会では、ざっくばらんな情報交換ができたんです。もう一瞬で黒坂さんの大ファンになりました。

私が2社目のIPOに失敗してくたびれ果てていた当時は、黒坂さんにも「ベンチャー監査役の会」のみなさんにも相談に乗っていただきましたが、みなさんいい方ばかりで、疲れている私を励ましてくださり、本当に癒されました。

とにかく、いい会です。この会を立ち上げてくださった黒坂さんには決して足を向けては寝られません。

<黒坂談>
桂さんのために僕がなにかをしているのではなくて、桂さんが僕の活動を助けてくださっているんです。

桂さんの活動の幅は広く、日本公認会計士協会近畿会広報部部長も務められ、大きなネットワークをお持ちです。バイタリティもある。そんな桂さんが、僕の活動に賛同してくださって、弊社の「ベンチャー監査役の会」にも、僕が運営している「一般社団法人 ベンチャー監査役協会」にも、監査役や公認会計士の皆さんをご紹介くださるおかげで、勉強会に参加してくださる方が増えています。

新しいメンバーが入るということは、その分、新たな視点が得られるということ。そういう方たちから僕の方が学ばせていただくことが多くて、感謝しています。

桂さんと僕は似ているところがあると思うんです。いいなあと気づくと、それを自分で消化するだけでなく、周りに広げていこうとする。そうしたら、みんな喜んでくれるよね、世の中がよくなるよねと思って、迷わず行動を起こす。

桂さんと僕は、立場は違いますが、そういう思いと行動力は同じだという信頼感があります。仕事でご一緒したことはありませんが、どのような活動であれご一緒したら、お互い気持ちよく活動できる方ですね。

第2章、第3章に向けて

私の経験から思うのは、女性の公認会計士とベンチャー企業の常勤監査役は、個人のニーズと働き方がぴったり合致するということです。

母親になると育児に時間がとられ、それまでとは同じようには働けない状況が生じます。でも、ワーク・ライフ・バランスをはかりながら、それまで培った能力やキャリアを活かす方法のひとつが、ベンチャー企業の常勤監査役です。

こうした活動は関西では先駆けだと言われますが、他の方にもぜひお勧めしたい働き方です。

現在、私は「女性常勤監査役の会」を運営しています。仲間内では、「JK会」と呼んでいるのですが、そこでお悩み相談をしています。悩みごとを持ち寄って、その解決に向けて知恵を出し合い、励まし合いながら、守秘義務の範囲内でやっています。この活動も続けていきたいですね。

おかげさまで、上場を経験することができ、充実した毎日ですが、ここまでは第1章。これからまだまだ先があるので、黒坂さんには見守っていていただきたいと思っています。

<黒坂談>
僕は桂さんがやっていることは成功モデル、ロールモデルであると思っています。こういう常勤監査役がいたら会社がよくなると、監査役候補の方だけでなく、企業経営者にも知ってほしいですね。そして、桂さんのようになりたいという人が増えていくことを願っています。

ただ、桂さんがおっしゃるように、ここまでは第1章で、今後、第2章、第3章が続いていくはずです。桂さんなら、たとえば常勤監査役をやりながら、他の会社の非常勤役員をやるというような働き方もできますよね。

公認会計士が常勤監査役になって上場する。それは素晴らしいことですが、それだけではなく、さらに活躍することによって、もっと世界観が広がり、それに続く人が出てくるはずです。桂さんには、ぜひそれをやっていただきたいと期待しています。

初めて常勤監査役になる方へ

常勤監査役は会社にとって唯一無二の存在です。責任が重くて、もしかしたら就任を躊躇するお気持ちがあるかもしれません。でも、とてもやりがいがある仕事です。

自分の信じるところは会社法と自分自身の信念、真心です。それに従って誠実に働く。執行できなくて物足りない気持ちがあるかもしれませんが、誠実に生きられるいい仕事だと思います。ぜひぜひ飛び込んできてください。

「ベンチャー監査役の会」にも「ベンチャー監査役協会」にも仲間がいます。みんなで励まし合い高め合って、上場の実現に向けて取り組んでいけたら幸せです。

最後に、これから常勤監査役として活動する方に、次の言葉をお贈りします。
「止まない雨はない。明けない夜はない。咲かないサクラはない。夢は必ず叶う」